子供同士で約束しあってのささやかな花火大会。
あちこちの家の軒先や公園で行われる夏恒例の風物詩だ。
俺たちは、はなっから誘いあうメンバーに入ってなかった。
‥‥3人セットだったから。
子供は残酷だ。
あからさまにお前達はのけ者だと言ってはばからない。
「バケモノの兄弟はバケモノだろ」
「風影様のお子様は偉すぎて、俺たちとじゃつりあわないよ」
俺はバケモノじゃないという思いと、弟をバケモノ呼ばわりされたことに対する腹立たしさと、その反面、確かにあいつは普通ではないという直感と、仲間はずれにされることの痛みと、そのすべてがごちゃまぜになって俺をつき動かす。
「またケンカか」
「風影様のご子息は問題が多いな」
大人の視線だって似たようなものだ。
下を向けば負け犬だ、傲然と頭を上げて顔に突き刺さってくる視線を跳ね返しながら家路をたどる。
一足先に帰宅したはずのテマリは部屋にこもったままだ。
女の方が陰湿だから、きっとテマリも同じように嫌な思いをしているに違いない。
なんで、俺たちはこんな家系に生まれたんだ。
なんで、弟が普通の弟ではいけなかったんだ。
なんで、父親が風影でなければならなかったんだ。
なんで‥‥
答えのない問いを反芻する。
味気ない夕飯をかきこむと、ぽかんと時間があいてしまうことがある。
今日はまさにそんな日だった。
何をしても手持ち無沙汰で今日習ったことを復讐してみるもののほとんど上の空。
昼間のけんかが思いのほか尾を引いているのか。
コンコン
戸をノックする音。
誰だ、こんな時間に。
扉越しにぶっきらぼうに尋ねる。
「誰だ」
今はあいにく夜叉丸もいないし、大人が家にいないから、俺たちだけで用心しなければならない。
風影をよく思っていない奴だってこの里にはわんさかいるから、絶対、うかつに戸をあけるなときつく申し渡されている。
「わたしですよ」
夜叉丸の声。
「なんで、わざわざノックなんか‥‥」
戸を開いて、鍵を持ってるだろう、といいかけて声を失った。
そこにいるのは少年だ。
「な、なんで‥‥」
「花火しましょう、今日買って来たんですよ。
我愛羅様も呼んで下さい。
私だと言わないようにね。」
「あ、ああ」
物音を聞きつけて部屋からでてきたテマリも何も言わなかったが、気配で驚いているのはわかった。
我愛羅に花火をするぞ、というと一も二もなく部屋から飛び出して来た。
「だあれ?
カンクロウの友達?」
夜叉丸がうまく変装していたので我愛羅はそれが彼だとは思いもよらなかったようだ。
俺が返事する前にテマリが答える。
「そうさ、さ、裏庭へ行こう」
道では用心が悪いと判断したのだろう。
結界が張り巡らされた裏庭へ出る。
「花火、花火♪」
めったにないことにうかれている我愛羅。
俺たちだって、夜叉丸主催の茶番だと分かりながらもうきうきする気分を抑えられない。
夏の夜は不思議な空気が漂っている。
「じゃあ、どれからしようか」
「これっ」
我愛羅が選んだのは子供の好きそうな派手な色の炎のでるやつ。
ろうそくに近づけると勢いよくカラフルな光がほとばしり出る。
「うわ〜っ、きれいだなあ!」
「さ、テマリ(さん)も、カンクロウ(さん)も、やりましょう」
変化していても丁寧な言葉遣いはなかなか抜けないらしい。
夜叉丸らしいな、とおかしくなる。
俺たちも思い思いの花火を抜き取り、つぎつぎ火をつける。
闇夜を切り裂いて一瞬の命を輝かせる花火達。
めったにない機会に俺たちはいつの間にか時を忘れ、花火に夢中になっていた。
次々火をつけてはその多様な光の魔術に歓声を上げる。
小型の打ち上げ花火で夜空に花を咲かせたり、
ネズミ花火に火をつけてあちこち回転しながらこちらへ向かってくる様子に大騒ぎをして逃げ回ったり。
楽しい時間はすぐすぎる。
あんなにたくさんあった花火も、いつのまにか、もう線香花火を残すのみになった。
線香花火は子供にとっては楽しい時間の幕引きを告げる花火だから、なんとはなしにしんみりしてしまう。
夜叉丸が気を引き立たせようとことさら明るい声で言う。
「ほら、線香花火も地味ですけど、よ〜く観察すると火花の形がいろいろ変わって面白いものですよ」
「ボク、こんなのいやだ」
また、我愛羅のわがままが始まった。
寂しさ故とわかりながらもムっとする。
「わがままばっかりいうなよ!」
「ボクはわがままなんかじゃない!」
「わがままじゃないか!」
「まあ、まあ、お二人とも‥‥」
みかねた夜叉丸が俺たちの間に割って入る。
と、その時。
我愛羅の砂の盾が、本人は気がついていなかったが、彼の背後に壁をつくった。
クナイが一本刺さっている。
夜叉丸の表情がきつくなる。
「カンクロウさん、テマリさん、この場はお任せします、我愛羅様をお願いします」
俺たちは頷いて、夜叉丸は塀の外へと音もなく姿をくらました。
この結界をくぐりぬけてクナイを投げてよこすとは、かなりの強者とみた。
俺たちは庭の中を用心深く見回す。
仲間は誰もいないようだ。
今一度一回りぐるっと気配を探り、安心したところで我愛羅の方を見ると、知らない少女と線香花火をしているではないか!
誰だ、いったいどこから入り込んだんだ?
我愛羅の方へ駆け寄ろうとするが、足が、動かない。
目の端でテマリを見るが、テマリも同様に動けないようだ。
我愛羅の楽しそうな表情。
一旦嫌だと言い出したら誰が何を言おうと聞き入れないはずのコイツが見たこともない少女と、よりによって、線香花火なんかで喜んでる。
誰なんだ、一体?
ずっと俺たちには背中しかむけていなかった少女が最後の線香花火が消えたのを機会にこちらを振り向いた。
優しげな微笑み、懐かしい瞳‥‥似ている‥‥誰に?
俺はこの少女を知っている‥‥?
懸命に記憶を辿る。
「じゃあね、我愛羅ちゃん、また遊びましょうね。
いい子にしていればまた、きっと会えるわ」
いつになく素直にこっくり頷く我愛羅。
動けないままの俺たちの間へゆっくりと進んでくる少女。
金縛りにあったように声が出ない。
少女は足を止め、俺たちを代わる代わる見るとまた同じようににっこりと、本当に嬉しそうに微笑んで、
「‥‥二人とも大きくなったわね‥‥。
‥‥我愛羅を頼むわね‥‥」
と、幻のようなささやきを残し、ふうっと消えた。
とたんに俺たちは、拘束するものがなくなり、前につんのめりそうになりながらも体勢をととのえた。
幻術?
いや、違う。
テマリの方を見たが、俺と同様分けが分からないと言った顔だ。
我愛羅はしばらく花火の燃えかすをつついていたが、なにを思ったか、それをちゃんとそばにあったバケツに入れて片付けた。
わがまま放題で育てられているコイツがこんなことをするなんて?
「お姉ちゃん、いい子にしてたら、また来てくれるって言ってた」
そういって。
ほどなくして夜叉丸が戻って来た。
もうさっきの騒ぎで茶番を続けている余裕はなかったのだろう、いつもの彼に戻っている。
「すいませんね、せっかくの花火を‥‥。
さあ、部屋にはいりましょう」
俺たちは言葉少なく同意して、彼に続いて家に入った。
「夜叉丸、‥‥誰か呼んだ?」
テマリがそれとなく尋ねる。
「誰をです?」
「‥‥ううん、ちょっと、聞いてみただけ」
夜叉丸もさっきの侵入者を調べるのに忙しかったのか、それ以上話は発展しなかった。
テマリがおれに目配せして、こっちへこいという合図を送って来た。
あの女の子は誰だったんだろう。
夜叉丸は自分一人だったと言った。
‥‥優しげな瞳は、‥‥そうだ、夜叉丸に似ていたのだ。
ひょっとして‥‥
「言うな」
テマリがさえぎる。
「わかってるだろ、‥‥夏は死者が蘇る季節なんだ。」
我愛羅は‥‥まだ幼すぎて分からなかったかもしれない。
が、あのいつもの悲しげな瞳があの時間だけはキラキラ光っていた。
兄弟の俺だって初めて見る光だった。
「親父にも、夜叉丸にも内緒だ、いいな。
カンクロウと私だけが知ってればいいことだ」
テマリはそれ以上は話す必要がないと言ったかんじで一方的に話を打ち切った。
本当にそんなことがあるのだろうか。
夏は時間軸が歪む、と聞いたことはあるが、そんなこと、現実主義の忍者にはただの戯言にしか聞こえない。
俺だって、‥‥
でも、あのとき、少女は確かに、俺たちを見て言ったのだ。
大きくなったね、と。
懐かしそうに。
夜叉丸と同じ、優しい瞳で。
そして何より俺自身がもやのかかったような記憶の片隅に彼女の存在を感じたのだ。
「さ、もう遅いですから、我愛羅様もお二人もお休み下さい。
この花火は私が片付けておきますから」
「待って!」
3人が同時に声をだした。
びっくりする夜叉丸。
「その‥‥記念に一本とっときたいの」
テマリが気まずそうに言う。
「ぼくにも、ちょうだい」
と、我愛羅。
「カンクロウさまも、ですか?」
夜叉丸が驚きを隠せない顔で尋ねる。
「うん‥‥」
なかばあきれたような夜叉丸から逃げるように、俺たちは早々に部屋に引き上げた。
めいめい、花火の燃え殻を持って。
あれが母だったのかは今もわからない。
テマリとも、我愛羅ともそのことについて触れたことはない。
けれど、誰もあの燃えかすをすてちゃいないことだけは、確かだ。
訊かなくったってわかる。
夏の夜は、闇にまぎれて気まぐれにこの世とあの世の境目を混ぜ合わせる。
記憶と現実、現在と過去、ゆめとうつつ。
普段は固く閉じられた2つの世界の扉がが何かの拍子に開くのだ。
夏の宵にだけは。
閉じてお戻り下さい
蛇足的後書:夏ですのでちょっとホラーに(という予定ではなかったんですが、そうなってしまいました)。
夜叉丸が我愛羅を狙ったのは確かですが、それでも彼が我愛羅に取って大切な人であることには変わりないと思うので、彼も登場させてみました。
微妙にというか、明らかにタイトルと内容がずれてたりするんですが、お許しを‥‥‥