お手入れ

「こら、動くな!怪我しても知らんぞ。
まあ、クマドリをやめて描き直し不要な入れ墨にかえる気ならそれもいいがな」
縁起でもない事をエビゾウが言う。
その手には鋭敏なカミソリ。
カンクロウはあきらめると、上半身を枕で支えて高くしたベッドで言われるままにじっとする。

サソリの毒はなんとか解毒してもらったものの、手の震えはまだ完全にはおさまらないまま。
カンクロウ、男子17歳、花のティーンエージャー。
さすがにぶったおれてから数日も放っておくと口のまわりにうっすらと影が出てくる。
いつもならささっとシェーバーでそってぱぱっと隈取りを描いてしまえばそれだけのことなのだが、このぶるぶるする手ではさすがにやりづらい。
というので、怠けていたらエビ爺に見つかってしまった。

(ほっといてくれりゃいいのによ、自分の眉毛でもカットすればいいじゃん)
しかしそんな大それた台詞はとてもじゃないが大先輩に言えはしない。
「病院にいるからといって、オノレの身だしなみくらいちゃんとしろよ〜」
しゃかしゃかクラッシックに石けんで泡を立てている。
(おいおいおい、そんな大層なことしなくても、まだ俺の髭はヤワヒゲだぜ?
いったいここは散髪屋かよ‥‥)
「何を心配そうな顔でみとる?
こう見えてもまだまだ腕は確かじゃ。
髭は自分のしかそった事は無いとはいえ、ねえちゃんやねえちゃんのマゴの髪だってワシがカットしとったんだからな」
驚きの事実を知らされ、カンクロウの目が見開かれる。
しかし、よく考えれば、2人ともカットしていようが、していまいが、大して変わらないような髪型だったな。
はたと気づいてあわてて言う。
「髭だけだろ?俺の髪は切らないでくれよ、エビゾウジイ様」
せっかくいいぐあいにツンツンさせてるのに、変にさわってサソリ風ヘアーにされては堪ったものではない。
人には似合う髪型と似合わない髪型というものがあるのだ。

エビ爺はフン、と鼻を鳴らすと、やや乱暴にカンクロウの顔に蒸しタオルをかぶせる。
「あちっ」
「何弱音はいとる、これぐらい何よ」
弱音、というか、カンクロウはこの蒸しタオルというのが苦手なのだ。
子供の頃、隈取りを落ちにくい顔料で描いてしまい、バキにむりやりごしごしと蒸しタオルでこすられて非常に痛い思いをした記憶が残っている。
「心配せんでも髪を切ったりはせん。
‥‥しかし、なんだな、昔はみんな丸刈りだったのに最近のわかいモンは‥‥」
(バキが子供の頃までだろ、冗談じゃねえよ、野球じゃあるまいし。
木の葉なんかロン毛までいるぜ)

「ほら、あごをあげんか!」
ぐいっと頭を後ろにおしやられ、泡をぬりたくられる。
キラリと光るカミソリを心なしか嬉しそうに手に持って、今にも取りかからんとするエビゾウ。
万事休す、じゃん。
せっかくのチャンスだからどんな風貌になるか試してみようと思ったりもしていたのだが。
大リーグのイチローだって一時無精髭を生やしていたではないか。
男に生まれたんだからちょっとやってみたい気がしたのだ。
いつもはクマドリを描くのにヒゲがじゃまになるから否応無く剃るしか無かったし。
しょうがねえな。
ため息まじりに目を閉じる。

すっ、すっ。
思ったよりやすやすとカミソリで肌がなでられていく。
こそばゆいような、すっとするような。
あいにくここには鏡がない。
しかし別にそり落とされて困るようなモノはない‥‥鼻と、眉以外は。
「4代目と似ておるのォ」
(またかよ)
「しかし、兄弟じゃ、眉がなければ弟とも似とるはずじゃな」
慌てて眉を確認するカンクロウ、ひょっとしてさっき目を閉じていた間にすでに剃り落されているのではなかろうか?!
「ハハハ、な〜んじゃ、肝っ玉のちっこい奴め」
(冗談キツイぜ、まったく!)

腕よりも話術にハラハラさせられてひげ剃りは終了した。
「ほれ、終わりだ。
これでいつでも出発できるな」
え?
驚いた顔のカンクロウ。
エビゾウはカンクロウに背中を見せたままぼそぼそ独り言のように話している。
「な〜んも知らんよ、ワシはな。
お前が弟を助けるためにどんな算段を組んでるかなんてこれっぽっちも知った事ではないわ」
「エビゾウ爺様‥‥」
「年寄りのたわごとじゃ。
ほれ、ひげは無くなったんじゃ、さっさと隈取りを描けよ。
お前の素顔はどうも気合いの無い顔でいかん」
「余計なお世話じゃん!」
「‥‥それともワシが描こうか、絵心はまるでないがの」
ぎょっ。
「い、いや、それだけは勘弁!」
「ほれ、ならさっさと自分の部屋へ行け」
「え‥‥だってさ‥‥」
「年寄りでもいろいろと使える事もあるんじゃ。
長く生きてると顔もきくからの、病院の手はずなんかちょろいもんよ。
テマリがそろそろ国境警備からこっちへ着くとか言う話も小耳に挟んだ気がするが‥‥
うたた寝中の夢かもしれんの」
「‥‥ひげ剃り、ありがとう」
エビゾウが黙って道具を片付ける中、カンクロウは部屋を飛び出していった。

 

蛇足的後書:アニメでちょうどこのあたりのことをやってるので、エビ爺に登場してもらいました。
カンクロウを未熟者呼ばわりしていた爺さんですが、一方でお助け部隊結成に一役かっていたとも思います。
アニメでも上役会で結構公正な感じで描かれていましたから。
ようやくカラクリを完結できてほっとしてます、おつきあい下さった方、ありがとうございました<(_ _)>