昼下がりの執務室。
  中には風影が朝から山のような仕事と書類と一緒に缶詰になっている。
  まだ年若い彼にはわからないことだらけ。
  戦闘とは勝手が違う。
  そんな彼と一緒の姉と兄。
  我愛羅よりは年をとっている分何か少しでも力になれば、と暇を見つけては覗く彼らだが、彼らとてまだまだ青二才。
  わからないことの方が遥かに多い。
  もちろん風影をサポートする臣下はたくさんいるものの、なにせ人材不足の砂隠れの里、いつも彼らの助けをあてにはできないのが実情だ。
  3人でない知恵を絞ってああでもない、こうでもない、と思案する。
『次回中忍選抜試験の会場は木の葉の里と決定、ついては試験演目を提案されたし』
  「あ〜あ、試験科目なんて毎年同じでいいじゃんか」
  はやくもデスクワークに音を上げ気味の兄が放言する。
  「ばっかいうんじゃないよ、それじゃ実力がなくても傾向と対策さえ考えとけば通ることになって、とんでもない奴が中忍になりかねないだろ」
  言うだろうと予想はしてたけど、という顔で弟Aをいさめる姉。
  「まあそうだけどさ、めんどうじゃん」
  「まじめに考えろよ、カンクロウ!お前それでも上忍なのか」
  「考えてるじゃん。じゃあ、今までやった演目を洗い出してローテーションくむとか」
  「‥‥同じだろ、それじゃ。」
  「ランダムなら外れる奴もでてくるじゃん」
  「ゲームじゃないんだから」
  「こんなこと、木の葉で考えてもらえばいいじゃん、あそこがホームグランドなんだろ、今回は」
  「でも砂の意見も入れとかなきゃ、なめられるだろ、風影が若いからだってさ」
  「そうだな、相手は50のババアだからな。
  我愛羅と足して2で割りゃちょうどいい‥‥イテッ」
  「まったく、くだらないことばかり言ってないで頭使いな!」
  我愛羅の頭の上で繰り広げられるいつものトーク。
当の我愛羅は、というと一向に話に加わらず、肘をついた思案のポーズのままだ。
  「え〜と、いつ行くんだっけ、我愛羅、向こうには」
  返事なし。
  「無視すんなよ、おい、我愛羅!」
  やはり言葉なし。
  二人は顔を見合わせ、そ〜っと上から弟の顔を覗き込む。
  「‥‥寝てる(ジャン)」
  以前なら二人揃って速攻逃げ出したであろう状況だが、今の我愛羅はうたたねしたからといって、守鶴にコントロールを譲ることはなくなっている。
  しかし、そのまぶたを縁取るクマの濃さはあいかわらずで、以前にも増して睡眠不足が日常化していることは明らかだった。
  「‥‥疲れてんだな」
  「当たり前じゃん、なんでもかんでも風影に頼りやがって」
  「仕方ないじゃないか、この里のトップなんだからね」
  「でも、もうちょっとなんとかなんねえのかよ、自分たちの頭ないのかって、時々思うぜ。
  15のガキになんでも判断させて恥ずかしくねえのかよ」
  「ただのガキじゃないだろう、風影だ」
  「ナニ影でもいいけどさ、この里は我愛羅に依存し過ぎじゃん。
  以前はあんなに疎ましがってたくせに、風影に就任したとたん風影様、風影様、だもんな。
  調子よすぎるじゃん」
  「まあ、な。
  でもこの里は伝統的に風影に権力が集中してるから。
  そんなことは我愛羅だって百も承知だったろうし、カンクロウ、お前も知ってるだろ」
  「‥‥ああ」
本当にそうなのだ。
  危ういほどに砂隠れの里は風影に権力を集中させている。
  風影の意見は絶対だ、反論の余地等ない。
  厳しい地理条件、ぎりぎりの人的資源、あてになる後見者のいない状況が日常化しているこの里ではリーダーのカリスマ性は絶対必要条件なのだ。
  いきおい風影の仕事は半端な量ではすまない。
  早朝から夜遅くまでデスクワークに外回り、修行、研修と休日等まるでない。
  彼らも父親の姿を見ていたからそのことは重々承知はしていた。
  しかし、実際に弟が風影になり、実務に巻き込まれていく様子を見ていると、その年齢に不釣り合いな拘束時間の長さ、責任の重さに痛々しい思いが拭いきれないのだった。
「仕方ないさ、風影になりたいと願ったのはほかでもない我愛羅なんだからね」
  「‥‥そうだな。」
確かにこれほど他人から自分が必要とされていると感じる仕事もないだろう。
  風影なしではこの里は立ち行かないのだから。
コン、コン、コン。
「チッ、もう邪魔に来やがった。どうする、テマリ?」
  「どうするって‥‥」
  「どうせ下んない用事が大半なんだ、ちょっと時間稼ぎしてやろうぜ」
  「‥‥わかったよ」
二人は素早く横から書類の山を移動させて我愛羅の前に積み上げ、彼の姿を隠してしまった。
  机の前に陣取るとドアに背中を見せて座り、自分たちが書類に目を通しだす。
  「入れ」
  声が合図になって、連絡係が入って来た。
  「これは、カンクロウさんに、テマリさん。
  風影様はどちらへ?」
  彼はきょろきょろとあたりを見回し、我愛羅の姿がないと見るとさっそく尋ねる。
  「さっきトイレに行った」
  と、カンクロウ。
  (もうちょっとマシな理由は思いつかないのかね、ったく)
  テマリは心中舌打ちをしながら返事をする。
  「どうした?急用か」
  「いえ、明日予定していた会議のかわりに新人上忍の研修がはいりまして、その連絡に‥‥」
  「わかった、伝えておく」
  「ハッ、お願いします」
  ドアが閉まったと思うと同時に呼び出しベルがなる。
  「うるさいな」
  メモを書いていたテマリがレシーバーを取る間もなくカンクロウが出てしまった。
  「ハイ、何、今夜のレセプションのメニュー?
  決まってるだろ、砂肝だよ、砂肝。
  デザートはなしでいい」
  いちおう我愛羅の声色を使っているとはいえ、あまりにも安直な返事に頭を抱えるテマリ。
  またノックがあり、今度はこちらが返事をするまもなくバキが入って来た。
  「なんだ、お前達か。
  風影様はどこに行ったんだ」
  「さあ、ちょっと風に当たってくるって部屋から出たままじゃん」
  (なんだ、まともな答えも言えるんじゃないか、70点ってとこね)
  一応テマリの合格ラインの答えだったようだ。
  バキも別段怪しみもせずに手に持っていた書類をどさっと机に置く。
  が、悪いことにその振動で我愛羅の前に置いていた書類の山が雪崩を打って崩れ落ち始めた。
  「うわあ〜っ」
  大慌てで雪崩を押し止めようとするテマリとカンクロウ。
  中には‥‥‥誰もいない。
  (どうなってんだ?)
二人が唖然としていると(しかし、さすがそこは上忍、手は止めずバキに悟られない対策は怠っていない)またドアが開いて、我愛羅が?!
  「砂影様、緊急事態です、すぐ演習場へ来て下さい」
  バキが立ち上がって我愛羅に声をかける。
  「わかった、すぐ行く」
  バキの後に続いて出て行こうとする我愛羅が一瞬立ち止まり、振り向き様に言った。
  「おかげでよく寝られた、テマリ、カンクロウ」
  よくわからないという顔の二人に続けて言う。
  「隠してもらったおかげで砂分身のチャクラを無駄に使わなくてすんだからな」
  「我愛羅、あんた‥‥」
  「なんだ、最初から分身だったのかよ!?」
  この風影、かなり人が悪い。
  しまったドアの向こう側から小さな声がした。
  「‥‥ありがとう」
  足早に立ち去る音でほとんど聞こえないほどのつぶやきだったが。
「アイツのほうが一枚上手だな」
  「だな。さすが風影、じゃん」
  いつまでも弟と思ってちゃだめだな、もう守ってやる必要はなさそうだ、とほんの少し寂しいような思いが二人の胸をかすめる。
  「さ、片付けるか」
  「げ〜、この書類の山をか‥‥」
  「仕方ないだろ、このまま放っておいたらそれこそバキから何言われるかわかったもんじゃないよ」
  「しょーがねえなあ」
  文句は言うものの書類の山を手際よく整理していく二人。
  この二人にしたところでいつもこんなに暇な訳ではない。
  それぞれがもう責任のある仕事を任され多忙な身の上。
  自分たちにも残された仕事がある。
  ガタン。
  紙の束の下からうつぶせになった小さな写真立てが出て来た。
  ひっくり返すテマリ。
  「‥‥」
  先代の写真だ。
  カンクロウが後ろから覗き込む。
  「‥‥親父じゃん」
  そっと我愛羅の席の前にその写真を立てると、作業を終えた二人は部屋を後にした。
どうか見守ってやって下さい、ながい沈黙の後、あなたと同じ道を自分から望んで歩き始めたあなたの末息子を。
閉じてお戻り下さい
蛇足的後書:捏造はたのっしいっなっ!ということで兄弟愛バージョン砂SSでございます。
  実は我愛羅に守鶴をとりつかせたのは先代ではなかった、という段階でウチでは先代はほとんどヒーローと化しております。
  まだ我愛羅達はそのことを知らないはずなので、こんなシチュが成り立つのかどうかはナゾですが。