「失恋したことありますか」
一体何のことかと思った。
仲良し
彼女がもう一度繰り返す。
「失恋したことありますか」
「‥‥わかんねえよ‥‥」
そんなこといきなり言われても、どう答えたらいいかわかんなかった俺はいい加減な答えでお茶を濁そうとした。
休みに公園でハトにエサやってたら、知らない女に急に呼び止められてこの有様。
正確には、どっかで見たことあるような気がしたから、声をかけられて話聞くはめになったんだけど。
「わからないなら、ないんですね」
強い口調で言い切る。
‥‥なんか、激しくバカにされてる気もしたが、図星なのであえて何も言わない。
可愛い顔して
キツい女だな。
「失恋したらね、世界がひっくり返るんですよ。
今までなんでもなかったものにすごくたくさんの意味が出てくるんです。
自然の美しさとか、ちょっとした他人の思いやりとか、なにげないことに敏感になるから。」
とうとうとしゃべり続ける彼女。
俺はわからない言葉で講義を聴いてる学生みたいな気になったが、あいにく話を切り上げるタイミングが見つからない。
「一緒にね、泣いてくれた友達がいるんです。
私が告るの応援してくれてた子で、振られた時に、とにかくどうしたらいいかわかんなくて電話したの。
そしたらね、どこにいるの、今、一人じゃつらいでしょ、すぐ行くから待ってて、って。
いいから、よけいつらいから、大丈夫、って断ったんだけど。
電話口の向こうで彼女の方が先に泣き出してたわ。
電話切った後、私も人の通らない歩道橋の階段で暗くなるまでずっと泣いてたけど。」
なんでこんな話を俺が聞かなきゃならないんだ。
俺はこの娘とはほとんど面識もないし、別に恋愛相談を引き受けてる訳でもないのに。
‥‥でも、話を聞いてるうちになんかひょっとして、まずいことしたんじゃないかって気になってきた。
つまり、振られたことはない、が、振ったことはあるからだ。
いや、正確には振ったというほどのことでもないのだが、好きです、みたいなこと言われて軽く流したことはあるような、気がする。
んで、その娘とこいつが一緒にいる場面を何回か見たことあるような、気もする。
「‥‥やっと、思い当たりました?」
な、ナニ?
「私の親友をアナタが振ったんです。
彼女が一生に一度ってくらい勇気を振り絞って告ったのに、アナタは何も返事してあげなかったのよ」
げげげげっ、マジかよっ!
「いや、だって、そんなに真剣な告白とは思えなかったんじゃん‥‥」
「そこがアナタの鈍いとこよ!
普通相手が告白して来たら何か返事すべきでしょ。
好きでも嫌いでも、それが礼儀ってもんじゃないの。
まったく、なんであの子はこんな男のこと好きになったのかしら!
はもったいなすぎるわよ、アンタなんかには!」
俺につかみかからんばかりの勢いでまくしたてるこの娘。
いつの間にかアナタからアンタよばわりに変わってるし。
そこへ帽子を深くかぶった、どうやらコイツの知り合いらしい奴が走って来て、この女を止めにかかる。
「‥‥
、やめなさいって、もう済んだことじゃない、いいのよ‥‥」
「よくないっ!
はいいかもしれないけど、あたしが許せない!」
‥‥もう、済んだこと、って‥‥
じゃあ、この
とかいうのが、例の娘か?
「そうよ、本当に鈍いのね!帽子かぶってたら誰かもわかんないの!」
「お願い、もういいからっ!」
2人がもみあってたら帽子がぬげて、
の顔がはっきり見えた。
確かに、あの娘だ。
でもなんか感じが変わってる、と思ったら、髪か!
うへえ、ずいぶん切っちゃったんだな、こりゃたしかにまずいじゃん。
‥‥マジでそんなに真剣な思いを投げて来たとは思ってなかったんだよな‥‥。
あの時は丁度ややこしい任務に向かう直前で余裕がなかったし‥‥。
ここは謝るしかねえな。
「悪かったよ、謝るじゃん。
俺、あんとき任務に向かう途中で余裕ゼロだったんだよ。
だから、帰ったら返事する、みたいなこと言って、そのままになってたんだけど‥‥」
「で、今日まで忘れてたんでしょ、この単細胞!」
ムカ。
「何で見ず知らずのお前にそこまで言われなきゃなんないんだよ?!
俺は、この
とか言う子に話してんじゃん!?
黙ってろよ!」
「黙らないわよ!
ってば、人が良すぎるのよ!」
‥‥え、泣いてんじゃん‥‥。
いくら親友のことだからって、そこまで関わることねえんじゃないの。
「もう、いいのよ、ね、本当に‥‥だってもうずいぶん前のことだし、今は‥‥。」
お、こっち向いた。
「ゴメンナサイ、私が髪切っちゃったもんだから、
ったら誤解しちゃって‥‥
カンクロウさんのせいじゃないのに」
え、違うの?なんだ、なんか残念じゃん?
とか言う子が続ける。
「もちろん、アナタに振り向いてもらえなかったのは残念だったけど、おかげで今は‥‥」
ちらっと振り返る彼女。
そこには彼女を待ってるらしい男一人。
なんだ、もう立ち直ったんじゃん。
だろうな、あれはどう考えてもそんなに真剣な告白じゃなかったから。
やっぱ、俺のカンは正しかったんじゃねえか。
適当に流してもどうってことない、と思ったんだよ‥‥って、これは事後だから言えるのかもしれないけどさ。
「さ、
、ありがとう。
でも、本当にもういいから、行こう」
が声をかけたら、さっきから下を向いてた
と呼ばれた女は何を思ったのか、いきなり
の頬を張り飛ばした。
わけわかんねえ展開にあぜんとする俺と、びっくりして頬を押さえてる
に向かって
「あんたたちなんか、大っ嫌い!みんな勝手よ!」
とわめくと、
はダッシュで走り去った。
「どういうことなんだよ」
とりあえず、そばにいる
は俺よりかは事情をわかってるはずなんで聞いてみる。
「‥‥あの子ったら、もう、本当にバカね‥‥」
は?
「あのね、
はあなたのことがずっと好きだったのよ、きっと。
私も今わかったんだけど。
私が先に、憧れてるの、みたいなこといったから切り出せなかったのね。
で、私が軽い気持ちで告白してあっさりかわされて、結局ほかの彼とつきあい始めてっていう今の展開が許せなかったんだわ。」
な、なんか俺をほっといてややこしいことになってるな。
「あの、カンクロウさん?」
「は、はい?」
読めないストーリーにキャラが変わってるじゃん、俺。
「
をよろしくね」
お、おい、なんだよ、それ???
「あの子、すごく思い込み激しいけど、いい子よ。
いつも一生懸命で、人のことばっかり考えてて、すごく不器用なんだけどあんな優しい子はいないわ。
頼みます」
ぺこっとお辞儀をすると、
は少し赤くなった頬を気にもせず、さっきからことの成り行きに気を揉んでたであろう男のところへ走って行ってしまった。
取り残された俺は、まるでバカみたいに突っ立ってる。
喧噪が去って戻って来たハトがエサはまだか、といった顔で俺のまわりをうろつく。
コッ、コッ、コッ。
催促されてエサをばらまきながら、考えを巡らす。
じゃあさっき、
が羅列してた失恋したら云々の言葉は
のことじゃなく、自分の気持ちを言ってた訳か。
どうりで説得力あったじゃん、やけにリアルな言い方すんなあと思ってたけど。
お願いしますって言われたって、なあ?
自問自答。
‥‥‥目に涙をいっぱいためた
の顔が頭から離れない。
しょーがねえなあ。
残りのエサを全部ハトに投げると俺は
の走り去って行った方向へ向かって駆け出してた。
閉じてお戻り下さい
蛇足的後書:VIVA、少女漫画!!
というわけで、カンクロウを目に星きらめく少女漫画の世界にご招待してしまいました(笑)。
いつもジャンプてな男くさいところにいるから、たまにはいいじゃん?
でも 失恋って、本当に世界がひっくりかえりますよね(と、同意を求めてみたりする)。