「待てカンクロウ、お前も蔵の大掃除ぐらい手伝え!」
  見つかる前にこっそり脱走しようとしたカンクロウだったが、バキの鵜の目鷹の目の前にあえなく黒星。
  風影屋敷総出で行われる恒例の春の大掃除の真っ最中のこと。
「ちっ、せっかくの非番だってのに‥‥」
  「そういうな、けっこう面白いものも出てくるぞ」
  テマリがハタキ片手に励まし(?)のお言葉をかける。
  いったいこんなカビくさい倉庫からどんな掘り出し物があるってんだ、とぶつくさ思いながらぞうきんとバケツを持っていざ出陣。
  うずたかく積み上げられたがらくたとも貴重な品ともいえるシロモノを前にため息をつく。
  カンクロウは整理整頓というのが苦手なたちだ。
  自室も片付けるといったら取りあえずなんでもかんでも押し入れに放り込んで、掃除機かけておしまい。
  もっともあまり物欲のない男で持ち物も少ないから、このアバウト整理法でいいのだが、屋敷の蔵ともなるとそうもいかない。
  我愛羅で5代目の風影を迎えるこの屋敷、倉庫にもわけのわからないものの方が多い。
  仕方ない、古い傀儡の一つも出てくるかもな、と自分を鼓舞していざ任務。
高い窓へはしごをかけ、まずは窓と桟にたまったホコリを拭く。
  窓がぴっちり締められてるとはいえ、砂にはことかかないこの里の事。
  「ひえ〜、真っ黒じゃん」
  このまま拭いていては掃除しているのかホコリを移しているのか分らない、一度洗うしかねえな。
  はしごを下りかけて下の方を見ると、なにやら懐かしい箱が目にとまった。
  自分たちがまだ子供だった頃に何度か見た記憶がある。
  倉庫の奥の方にいて人目がないのをいいことに、カンクロウは中身を確認することにした。
箱の中に納められていたのは鯉のぼりだった。
  確か子供の頃、夜叉丸と一緒に姉弟3人揃って中をくぐりぬける遊びをしたような覚えがある。
  こんなとこにあったのか、と中身を箱から引っ張り出してみる。
  子供の頃だから大きく見えたんだろうと思っていたのだが、今見てみてもかなりの大きさだ。
  おやじがよその里へ行った際に買って来て、バキにでかすぎると怒られていた、と夜叉丸が笑いながら話してくれたっけ。
  風の強いこの里でこんな大きな鯉のぼりを泳がせたら、支柱が折れてしまうではないか、と。
  それでも頭の隅っこにこの鯉のぼりが空に泳いでいたような記憶があるということは、それなりの支柱を立てる事に成功したのだろう。
  いや、思い出した、里の旗をたてるポールにくくりつけてあげたんだっけ。
  バキの苦虫をかみつぶしたような顔が浮かんでおかしくなる。
ふと、悪巧みが浮かぶ。
  今また、これを泳がせたらバキはどんな顔をするだろうか。
  子供の日は過ぎているが5月なんだから構うもんか。
  思いついたらやらずにはいられないカンクロウ、さっそく箱を外へ運び出す。
  風はそこそこあるものの、まあ問題なかろう。
  箱から吹き流しと3匹の鯉を取り出す。
  けっこうホコリじみている、これならホコリをはらってたんだといういい訳も万が一の際には追加できるだろう。
  変な所に気を配る辺り、さすが上忍。
  ポールへくくりつけにかかって変な事に気がついた。
  鯉が3匹とも同じ大きさなのだ。
  子供の頃は別段不思議にも思わなかったが、よそで鯉のぼりを何度となく見た今となっては
  この鯉のぼりがいかにもイレギュラーだと思わずにはいられない。
  と、背後に気配を感じた。
  そこにいたのはテマリ。
  「‥‥どこへ消えたかと思ったら、まあ、よくこんなもの見つけたな‥‥」
  「懐かしいだろ」
  「懐かしいに決まってんだろ。
  おやじをさんざん困らせて手に入れさせた代物だからな」
  「へ、そうなのか」
  「そうだよ、カンクロウも気がついただろ、どの鯉もサイズが同じなの」
  「ああ、普通は上からだんだん小さくなってくもんじゃん」
  「あたしが不公平だって文句言ったんだよ、なんで男の鯉がでかくて女の鯉が小さいんだよってさ」
  「‥‥父親の方がでかいのは仕方ねえだろ」
  「そりゃそうだけどさ、子供の日だって男の子のお祝いだろ、もともとは。
  気に入らねえよ、女としてはさ。
  修行だって同じようにやってんだから鯉も女だ男だとサイズが違うのは解せないと抗議したのさ」
  テマリらしい話である。
  そしてそれに負けるおやじもおやじだ。
  声に出して言わなかったのはさすが姉を持ってからの年月が長いだけある、というか生まれてこのかたそうなのだが。
「ま、いいや、あげるの手伝ってくれよ」
  「ああ、いいよ。
  あれ、なんかお前の鯉、腹の辺りがよじれてるぞ」
  お前の鯉、と指示が出るのには訳があった。
  サイズが変則的なだけでなく、この鯉のぼりの鯉はヒゴイだとかマゴイだとかではなく、全部子供の鯉なのである。
  そして上からテマリの鯉、カンクロウの鯉、我愛羅の鯉ときて吹き流しは父親である(のだそうな)。
  「ちっ、しょうがねえな」
  外からいじくったものの、どうなっているか分らなかったので、カンクロウは中へ潜ってみる事にした。
  子供の頃のように小さくはないので、もぞもぞ這いつくばって侵入する。
  どうやら、糊がききすぎてひっついていたらしく、カンクロウが中に入るとなんなくよじれは収まった。
  行きはよいよい、帰りは、ではないが、行きも帰りもなかなか時間がかかる。
と、外でテマリに話し掛ける我愛羅の声がして来た。
  「‥‥この忙しいのに昔を懐かしんでいるのか」
  「まあ、いいじゃない、虫干しも兼ねてさ。
  もう何年もあげてなかったんだから」
  「くだらん、が、まあいい、あげるぞ」
  「ちょっ‥‥」
  「おい、待ってくれよ!」
  というカンクロウの声はがらがらという引きロープの音にかき消されてしまった。
  体ががくんと持ち上がり、思わずおっことされないように鯉を掴む。
  いっそ、下の段階で落ちた方がよかったのだが、そんなことを言っても後の祭りだ。
  反射神経にだって言い分はある。
  そして我愛羅は小柄なくせに、長年古狸と渡り合って来ておまけに始終砂の鎧をせおっているだけあって、やたら力が強い。
  あっという間に鯉プラス兄貴は空へ舞い上がってしまった。
  幸か不幸か風が強い。
  鯉はカンクロウの重さ等ものともせずに翻る。
  こんな上空で振り落とされたら大変だ。
  思わずチャクラ糸を見え隠れする鯉の口を通じてポールへ放つ。
  自分も鯉になったかのように右往左往、上下にうごかされてたまったものではない。
  声を限りに叫ぶ。
  「おい、テマリ、下ろせ!」
「何?カンクロウが中にいるだと?」
  あまり表情を見せない我愛羅だが、さすがに目を見開きビックリする。
  「我愛羅がたったかあげちまったから止めようもなかったのさ。
  さあ、下ろすの手伝ってくれよ」
  ぬっと背後にバキの気配。
  「その必要はない!」
  「‥‥バキか」
  「‥‥必要はないって‥‥」
  「あいつはだいたい、この作業をなめている、けしからん。
  いい薬だ、このままにしとけ」
  「‥‥まあ、バキの言う事にも一理あるな」
  「我愛羅!」
  実は我愛羅は昔から一番下に自分の鯉が泳いでいるのが気に入らなかったのである。
  とんだところでリベンジモードスイッチオン。
  テマリが心配そうに上を見上げたところ、チャクラ糸が鯉の口から見えた。
  この分なら大丈夫だな。
  スパルタな姉もあっさり弟を見捨てて、持ち場へ戻ってしまった。
かわいそうなのはカンクロウだ。
  「なんて薄情な姉弟だ!
  降りたら覚えとけ!」
  テグスがわりにチャクラを頼りになんとか鯉の口からポールへたどり着こうと試みる。
  が、風までも意地悪なのか、強烈に吹いたと思うと次の瞬間にはまったくの凪ぎになってしまったりする。
  こうなると、鯉はあっという間にだらりと垂れ下がってしまい、思うように動きがコントロールできない。
  一時、砂の里の旗を常にはためかせるために、下からドライヤーのような装置で風を送ろうと言う案が出たのだが、
  カンクロウはばかばかしいにもほどがあると言ってもちろん反対票を投じた。
  今となっては、賛成しときゃよかった、とまた後悔。
  「くそっ」
  だらりと垂れ下がった鯉に悪態をつき、こうなったらこの凪の間に下から降りた方が早いだろうと判断し、
  するすると蜘蛛の糸ならぬチャクラ糸を伝って下へ降りる。
  もう少しで出口というところでまた突風が!
  「うわ〜っ」
  勢い良く翻る鯉に煽られ鯉の尾びれから放り出された。
  さいわいチャクラ糸をしっかり張っていたお陰で落下は免れた。
  が、金魚のフンならぬ鯉のフンのようにあちこち振り回されるのは全くもってありがたくない話である。
「カンクロウ、降りて来い!」
  いいかげんめまいを覚えながら下を見ると我愛羅だ。
  自分が揚げてしまった手前、やはり責任は取りに来たのだろう。
  さすが風影様、リベンジの誘惑をねじ伏せたと見える。
  「降りろって、どうすんだよ、こんな高いとこから〜っ、うわあ〜っ」
  逆方向から風が吹き、またしても振り回されるカンクロウ。
  「俺が砂で受けてやる、心配しないでチャクラ糸を切れ!」
  以前の我愛羅がこんなことを言ったらまず信用しなかったであろうが、いろいろあった今となっては信用しても大丈夫だろう。
  でも何事も確認第一だ。
  「本当だろうな!」
  「本当だ、早く降りて来い!」
  「よし!」
  
  プツッ
  え?俺はまだチャクラ糸は切ってねえじゃん?
  思う間もなくそれは鯉の糸が切れた音だったのだと、グライダーと化した鯉にさらわれながらカンクロウは悟った。
どうにかこうにか無事生還したカンクロウがさっさとこの鯉のぼりどもを厳重に封印したのは言うまでもない。
*閉じてお戻り下さい*
蛇足的後書:カンクロウ、誕生日おめでとう(どこがだよ)!!
  もっとシリアスチックな話しようかな、とか思ったのですが、なんかこうなってしまいました、うそ、出来なかったと言うべきですね(汗)。
  鯉のぼりの絵は去年の誕生日祝いのリサイクルです、ごめんなんしょ。