回想

赤砂のサソリ。
幼少の頃から天才傀儡師の名を欲しいままにし、その才能と恐るべき能力ゆえに鬼才と畏れられた男。
人傀儡を次々と作り出し、己の体を傀儡に換えていく過程で砂と袂を分かち、やがて暁と手を結んだ。
忍び里では両親がいないのはそう珍しい事ではない。
幼いサソリにも後見人として祖母がいたから、それもチヨバアという砂の重鎮がいたから、だれも彼の行く末を案じたりはしなかった。
だが、サソリの類い稀な才能が彼の進路を影の方向へと歪めていった。
彼が自分の両親から初めての人傀儡を作り出した時、それは気付かれて然るべきだったのだ。
だが、両親がいない不憫な天才少年という立場が彼の周りの人間の眼を曇らせた。
また、砂の、常に才能ある忍びを希求するという事情もそれに加担した。
彼は自分の才能と能力のおもむくままに傀儡の術を開発し、数多くの名作と言われる傀儡を作り出していった。
おれの傀儡もそのコレクションのなかに名を連ねている。
里もサソリの研究を全力で後押しした。
このレベルで彼が満足していれば、その後のことはなかっただろう。
だが、己の術を傀儡に移し替えるだけではもう彼の能力は満足しなかった。
里の墓地から生前名のあった忍びの死体が消える事件が相次いだ。
事の重大性に里の上層部が気がついたときは既に手遅れだった。
彼の魔手は、やがて生者へも向けられた。
サソリが里を抜けた後、彼のアジトへ足を踏み入れた追忍達は、生前と寸分違わぬ姿形の自分たちの上司連中の変わり果てた姿に言葉を失ったと言う。

時は流れ、砂で3代目風影誘拐事件が起きた時、誰一人としてサソリとこの事件を結びつける者はいなかった。
が、彼は密かに待っていたのかもしれない。
誰かがその事実に気付き、自分を止めてくれるのを。
物心ついた時、既に両親は他界し、自分を無条件で受け入れ、愛を注いでくれた肉親は祖母だけ。
その祖母は里の相談役として多忙な身の上。
自らを慰めるためにつくった両親の人傀儡にまわりの人間は眼の色を変え、彼の才能に驚嘆してはくれたが、
誰一人として彼を抱き締めて傀儡にはない体温のぬくもりをを感じさせてくれる人はいなかった。
ひとりぼっち。
自分が評価されるのはこの能力があるからなだけ。
ならば、この能力を最大限に磨くまで。
自分はこの能力の器でしかない。
器が自らの肉体を傀儡に換えて何の不都合があろうか。
強ければ強いほどいいのだ、タブーなどあってもなくても関係ない。
両親を戦闘に駆り立てた原因を間接的にであれ作り出した3代目風影を手にかけた時、彼は何を思っていたのか、今となっては知る由もない。

俺がサソリと言葉をかわしたのは例の一戦が最初で最後だ。
闘いは動物的なもの、気圧されたら負けだ。
俺は今でも気持ちの上ではあいつに負けたとは思っていない。
技術で格段に劣っていたのはまぎれもない事実だが。
俺には守るべきものがあって、戦う理由があった。
はいつくばってでも生還する必要があった。
サソリにはそれはあってなかったようなものだったのだろう。
だから、俺を殺す事はしなかったのだ、赤子の手をひねるように簡単な事だったろうに。
俺が生きて戻れば、必ずや追跡の手が伸びる事ぐらい分っていたはず。
‥‥待っていたのだろうか。
暴走する才能にムチをあてながら、自らの進んでいく暗黒世界の果てを暗い瞳で見定めながら、誰かが手綱を引いてくれるのを。

チヨバアの操る両親の刃に、彼は肉親のぬくもりを感じただろうか。

 

閉じてお戻り下さい

 

蛇足的後書:サソリって、大嫌いな野郎だったんですが‥‥陥落しました、闘いの過程で描かれる彼の暗い瞳に(可愛い顔に、じゃないよ!)。
カンクロウを殺さず、部下の死に動揺し、暁の中でひょっとしたら一番善人だったんじゃないかと思います。
彼が死に際に残したヒントが今後どのように生かされるか見守っていきたいと思います‥‥合掌。